
踏み台と民藝について
かつて、どの家庭にも当たり前のようにありながら、暮らしの中で静かに役目を果たしてきた 踏み台。
様々な形、材質の踏み台は、用の美が宿っていると感じています。
私は踏み台を民衆的工芸(民藝)の精神を体現する道具のひとつだと捉えています。
名もなき職人が日々の暮らしのために生み出した、実用的で素朴で美しい手仕事の日常品数々。
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蒐集した踏み台たち
日本各地で使われてきた、古い踏み台たち。
その一台一台には、長い年月の中で刻まれた傷や擦れ、使い手の痕跡が静かに残されています。
どこで、誰が、どのような暮らしの中で使われていたのか。
役目を終えたその姿から、日本の暮らしやものづくりの美しさを探り、蒐集し、記録として残していきます。
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蒐集者について
京都に生まれ、京都で育つ。
これまで、日本に古くから伝わる着物や帯を新たなかたちへと生まれ変わらせる事業に取り組んできました。
その過程で民藝の思想に触れ、日々の暮らしの中で使われてきた道具に宿る美しさや、ものづくりに込められた精神性に深く惹かれるようになりました。
なかでも、長い年月を人々の暮らしとともにしてきた踏み台に強く関心を持ち、その歴史や造形を探りながら蒐集と記録を続けています。
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読みもの
各地で出会った踏み台と、その持ち主たち。
どのような場所で使われ、どのような時間を過ごしてきたのか。
道具の背景にある暮らしや記憶を辿りながら、その物語を記録しています。
準備中
お知らせ
2026.06.29
ホームページを開設しました。

踏み台と民藝について
かつて、どの家庭にも当たり前のようにありながら、暮らしの中で静かに役目を果たしてきた 踏み台。
様々な形、材質の踏み台は、用の美が宿っていると感じています。
私は踏み台を民衆的工芸(民藝)の精神を体現する道具のひとつだと捉えています。
名もなき職人が日々の暮らしのために生み出した、実用的で素朴で美しい手仕事の日常品数々。
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日本各地で使われてきた、古い踏み台たち。
その一台一台には、長い年月の中で刻まれた傷や擦れ、使い手の痕跡が静かに残されています。
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