
踏み台と民藝について
かつて日本の家庭には、ごく当たり前のように踏み台がありました。
棚の上に手を伸ばすため。
高い場所にあるものを取るため。
日々の暮らしの中で必要とされながら、静かにその役目を果たしてきた生活道具です。
一見すると何気ない道具でありながら、その土地や時代によって形や材質はさまざまであり、一台一台には異なる表情があります。
私はその姿にこそ、「用の美」が宿っていると感じています。
私は踏み台を、民衆的工芸――すなわち民藝の精神を体現する道具のひとつだと考えています。
民藝とは、1920年代に思想家 柳宗悦 を中心に提唱された考え方で、名もなき職人たちが日々の暮らしのためにつくり出した、実用的で素朴な手仕事の日用品の中にこそ、本当の美があるとする思想です。
京都は古くから工芸や手仕事の文化が根づく土地であり、民藝運動とも深い関わりを持ってきました。
民藝の世界では、日常で使われる雑器や生活道具を 下手物 (げてもの) と呼び、装飾のためではなく、使うために生まれた道具に価値を見出してきました。
しかし、踏み台はこれまで民藝の文脈で語られることは多くありませんでした。
私はむしろ、踏み台こそ民藝を象徴する存在のひとつではないかと考えています。
古くは、大工が家を建てる際に使った木材の端材を用いて踏み台をつくり、完成後に施主へ贈っていたという話も残されています。
家をつくる過程で生まれた木から、新たな暮らしのための道具が生まれる。
その踏み台は家の中で何十年にもわたり使われ、家族の日常を支え続けてきました。
誰かに見せるためではなく、ただ暮らしのために生まれ、使われ続けるもの。
簡素で、実用的で、名もなき手仕事によって生み出された踏み台には、日本の暮らしとものづくりの美意識が静かに宿っていると感じています。
私は各地に残る古い踏み台を蒐集し、その背景にある文化や歴史、そして忘れられつつある日本の暮らしの美を記録として残していきたいと考えています。

踏み台と民藝について
かつて日本の家庭には、ごく当たり前のように踏み台がありました。
棚の上に手を伸ばすため。
高い場所にあるものを取るため。
日々の暮らしの中で必要とされながら、静かにその役目を果たしてきた生活道具です。
一見すると何気ない道具でありながら、その土地や時代によって形や材質はさまざまであり、一台一台には異なる表情があります。
私はその姿にこそ、「用の美」が宿っていると感じています。
私は踏み台を、民衆的工芸――すなわち民藝の精神を体現する道具のひとつだと考えています。
民藝とは、1920年代に思想家 柳宗悦 を中心に提唱された考え方で、名もなき職人たちが日々の暮らしのためにつくり出した、実用的で素朴な手仕事の日用品の中にこそ、本当の美があるとする思想です。
京都は古くから工芸や手仕事の文化が根づく土地であり、民藝運動とも深い関わりを持ってきました。
民藝の世界では、日常で使われる雑器や生活道具を 下手物 (げてもの) と呼び、装飾のためではなく、使うために生まれた道具に価値を見出してきました。
しかし、踏み台はこれまで民藝の文脈で語られることは多くありませんでした。
私はむしろ、踏み台こそ民藝を象徴する存在のひとつではないかと考えています。
古くは、大工が家を建てる際に使った木材の端材を用いて踏み台をつくり、完成後に施主へ贈っていたという話も残されています。
家をつくる過程で生まれた木から、新たな暮らしのための道具が生まれる。
その踏み台は家の中で何十年にもわたり使われ、家族の日常を支え続けてきました。
誰かに見せるためではなく、ただ暮らしのために生まれ、使われ続けるもの。
簡素で、実用的で、名もなき手仕事によって生み出された踏み台には、日本の暮らしとものづくりの美意識が静かに宿っていると感じています。
私は各地に残る古い踏み台を蒐集し、その背景にある文化や歴史、そして忘れられつつある日本の暮らしの美を記録として残していきたいと考えています。